ミロス研究所|MIROSS Institute

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ミロス理論の発見

当研究所が提言する「ミロス理論」という「全く新しい人間の認識システム」は、主宰者である私(ロスコ)が1979年に渡米した際に発見し、のちに「意識の構造理論」と位置づけた内容が原型になっている。
それは、人間が生きているこの世界の仕組みと、それを超越した領域のシステム、そして、人間の生命の理にまつわる知られざる真実だった。
その「意識の構造理論」と、人間社会のシステム、および人間の思考様式とのあまりの相違に衝撃を受けた私は、同時に、直感的に人間と社会の復活と再生の可能性をそこに見出したのである。

同時存在・二重構造という次元置換した視点

最大の発見は、「同時存在・二重構造」という「次元置換した視点」と、その視点からつくられる「内側」という空間である。
この次元置換した視点を持つことで、三次元領域で生じる人間の悩みや問題は、問題として存在できなくなるのである。

例えば、「いじめ」について同時存在・二重構造の視点から紐解いてみる。
いじめ問題においては、一般的に、いじめる側は加害者、いじめられる側は被害者として位置づけされる。
力関係でいうとどうしても攻撃する側が悪者になってしまうからである。
しかし、この同時存在・二重構造という視点から「いじめ」を俯瞰すると、どうして「いじめ」が起こるのかという「いじめの構造」が見えてくるのだ。

まず、いじめっ子といじめられっ子の両者が同時に存在して「いじめ」という関係性はつくられる。
当然、この二人が出会わなければ「いじめ」は発生しない。
では、どうして出会ってしまったのだろうか。

表面的には攻撃する側と攻撃される側は全く真逆の別のものに見えるが、「関係性」というのは「相対」の「極と極」が出会っている。
いじめ以外でも、支配者と依存者、お金を貸す側と借りる側、怒鳴る者と怒鳴られる者が必ずセットになっている。
逆に言うと、攻撃する者が存在しなければ、攻撃される者も存在しない。
つまり、片方があるからもう片方が存在し、片方が無ければもう片方も存在できない。
これを「相対」と言い、「関係性」は自分の相対が現われて成り立っている。
そして、従来の人間の視点ではここまでしか見ることができなかったのである。
これでは、ここから先はどうすればいいのかわからない。
この三次元に完全な「答え」が無かったのはこのためである。

しかし、「同時存在・二重構造」という「次元置換した視点」で見ると、「関係性」の奥にある、「二人が出会った原因」が見えてくる。
つまり、関係性というこの世の現象は「二重構造」になっているのである。

三次元は人間の内面が映る「相対の鏡」

我々の住んでいるこの世界は「鏡」のシステムになっている。
最近では「鏡」という表現も色んなところで使われ世の中に浸透しつつあるが、まだ「鏡のトリック」までは多くの人は気がついていない。
本来、鏡を見たら自分がそのまま映るように、鏡の世界は「相似」になっている。
しかし、いじめっ子といじめられっ子は「相対」の極と極である。
「鏡」としたらおかしいが、これが「鏡のトリック」なのだ。

じつは、「関係性」というのは「同じもの」を持つ者同士が引き付け合っている。
表面的には「相対」を演じ合っているが、互いに自分の中にある「同じもの」を相手を通して感じているのである。
では、いじめの場合、両者が持っている「同じもの」とは何なのだろう。

いじめる側は自分自身の嫌いなもの、否定しているものを相手に見てそれを攻撃する。
また、いじめられる側は、自分を嫌い、否定しているその自分の姿を相手との「関係性」に見ているのである。
つまり、「関係性」というのは、自分の隠した「内面が反転」した「鏡」であり、両者は自分の「自己否定」を自分と相手の「関係性の鏡」に見ていたのだ。
従って、「関係性という鏡」に互いが映し合っている「同じもの」は「自己否定」だったのである。

すべてを再生するエネルギー的なベクトルを産む
「内側」という空間

そして、両者が相手に感じるものを「自分のもの」として自分に向けた時、「内側」という空間が生まれる。
いじめる側は、攻撃したくなる相手のものが自分自身の嫌いなものであると受け取った時、 相手にだけ向けていた一方向の「正ベクトル」に、今度は相手を通して自分の方に向けたもう一つの「反ベクトル」がつくられる。

同様に、いじめられる側は、相手を見て、こんなにも自分のことをいじめているのかと見た時、 相手にだけ向かっていた一方向の「正ベクトル」に、相手を通して感じたものを自分のものとして受けとったことで、 もう一つの方向性「反ベクトル」がつくられる。
その「正・反、二つのベクトル」で「内側」という空間がうまれ、その「内側」という空間で、「正・反、二つのエネルギー的なベクトル」で葛藤や争いをつくりだしていたものが対消滅し、 同時に対生成し、今度はすべてを再生する「全く新しいエネルギー的な創造」が産まれるのである。

三次元の領域で、相手を自分として受けとることは、その抵抗感、拒絶感から不可能だが、三次元の相対性を超越した次元置換した視点から「同時存在・二重構造」という「システム」で現象を俯瞰した時、自分と相手は「同一」であることが理解できる。
今まで抵抗感を感じていた相手が自分だと理解できたら、攻撃していた側は攻撃できなくなり、攻撃されていた側は自分と自分自身との関係を見直そうとする。
これで、人間の葛藤や他者との戦いは消滅してしまうのである。

人間の世界は、繰り返しのシステムになっている

しかし、人間が今のままのシステムでいるとどうなるだろうか。
これは最悪の設定だが、もし、いじめられた側がいじめを苦に自殺をした場合、いじめた側は一生その事を背負って生きることになる。
非常に悲しい事だが、それによりいじめられた子はいじめた子に復讐という形でいじめっ子に「反転」するのである。
また、相手が変わることによって、いじめる側になったり、いじめられる側になったり、同質の自己否定を持つ者同士が引き付け合い、出会い、相対を演じて「関係性」をつくるのである。
要するに、同時存在・二重構造という次元置換した視点を持たない限り、人間は相対の関係性の中で反転を繰り返していくことになるだろう。

「未来文明」の、全く新しい認識システム

この「同時存在・二重構造」は、人類にとってまさに未来からやってきた「救世主」であり、そして、これをどう人々に伝えたらいいか、また、伝えなければならないという使命感と情熱で研究と解明に全力を費やした。
そして、現在、「意識の構造理論」は「ミロス理論」という実践プログラムに構築され、あらゆる分野に応用できるソフトとして様々な機関に提供しており、沢山の奇跡的な成果を出している。

「同時存在・二重構造」という新しい視点から三次元を俯瞰することで、従来の人間の思考様式を物質的ゲシュタルトから空間ゲシュタルトへ次元置換させる四次元の対称性からなる高次な意識および認識システムを、誰もが理解でき、日常の中で実践できる「ミロス理論」は、現代社会のあらゆる問題の根源と人間の未知なる可能性を引き出す「全く新しい人類の認識システム」として社会に提言する。